2014年06月28日

自分を大切にするということ


自分を大切にするということはどういうことを言うのでしょうか。

人は、時に愛する人のためには自分の命をさえかけることがあります。

また自身の抱く信念がそうさせることもあります。


人が本質的に持っている自然の情愛というものが時には人の心を打つほどに強烈に表されることもあります。


生きていればどんな生き物でも、本能的に自身をまたその子を守ろうとします。

人にも本質的なそうした部分があるでしょう。

自身をあるいは身内を大切にしたいという本質的反応は、同時に人が自尊心を抱いている証拠でもあるでしょう。

とはいえ、世の中にはその自尊心を打ち砕く要因がさまざまに存在し、容赦なくその人に繰り返し押し寄せることがあります。

特にそのことが外部的な要因である場合は自身ではどうにも出来ない状況というしかないかもしれません。

近年の日本の社会を見ているだけでも多くの方がさまざまな理由で、生より死という選択肢しかないと結論してしまった方もおれれるように感じられます。

人は、そして社会はもっと人に優しく人間として気持ちよく心地よい関係を持つことができないのでしょうか。

とはいえ、これら外部の要因は自分自身のいやな部分さえ容易には帰ることができない私たちにとってはなかなか難しいのでしょう。

なので、いつも考えておくべきは帰ることが出来ないことではなくッ帰ることが出来かつ、自尊心を十分保てるところに自分を連れてゆくことにあるのではないでしょうか。

かなり抽象的に言ってしまいましたが、要するにじぶんの心をどこに何に向けるかが自分を大切にするための最も重要なポイントだと思われます。

人にいやなことをする人は結局さびしい人かもしれません。

自尊心が低い、あるいはそのようにして自身の尊厳を低めてしまいます。

他の人からも避けられ、慕われずほんとうの友を持っていないかもしれません。

きっとあなたはそんな存在で居たくはないでしょう。

自分を大切のする人は、他の人を大切に出来る人です。

自分を愛すること、自分を大切にすることは実は同じ人を大切にするという心の状態と深く関わっています。

もっともそのことには、その視線がただ他の人という外に向けられるだけではなく内面の人としての自分にも向けられる必要があります。


この記事は宗教の講義ではありませんが、キリストの教えに自分を愛するのと同じように他の人に愛を示すべきだと教えられたそうです。

人間の本質を言い当ててりると思われないでしょうか。

自分を愛している人は自分は他の人からどのように扱われたいか自ずと理解できるはずです。

それと同じように人が必要とする仕方で接してあげましょうという教えですね。

ですから、自分を愛することには自分の気持ち、自分の外見、そして見えない内面の特質、特性にもふさわしく心を留めることが大切というわけです。

イエス・キリストの話が出たついでというわけではありませんが、聖書によればイエスは非常に質素な生活をされていたとはいえその身にまとっていた内衣は高価なものであったらしいことが記されています。

イエスも自身に関してその教えどうり自分を大切にされていたということでしょうか。

そして人々への思いやりを示すことができたのですね。

世の中には、思いやりを示すことをしなかったために、あるいはその逆に思いやりを示されなかったために悲惨な結果になってしまったという出来事がとても多くなって来ているように思えます。

ですので、ほんとうに自分を大切にするということはどんなことなのかじっくり考えてみたいものですね。










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posted by sanz at 13:28| Comment(0) | 自分を大切に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

自分を愛することと大切にすること(セルフエスティームについて−その1)

セルフエステーム(Self-Esteem)という言葉はあまりよく知られていないでしょうか。

もしそうだとしても、この表現はとても私たちの身近に常に付きまとっている感情と深い
関係があることをご存知でしたか。

ここでは、セルフエステームを自尊心という日本語で表現していることが多いですが、
英語での言葉に対応する適切な表現がない言葉でもありますので単に自尊心といっても
ぴんと来ない概念かもしれませんね。

きょうはそんなこのブログのテーマにもなっている言葉について考えてみたいと思います。

いきなりですが要点から先に言ってしまうと今回の記事タイトルそのものがセルフエステーム
の本質の重要な一面をあらわしているといえます。

でも今回、−その1としたのは今回の記事で強調すしていることにも大いに関係するのですが
もうひとつの自尊心を保つ重要な要素がここに関わっているからです。

哲学を論じるわけではありませんが、人間の本質を知ることで生きていることの価値をいっそう
見出せる重要な考え方ともいえるので宜しければ是非お読みいただければと思います。


自分を愛することに関わる事柄は案外わかっているようでそうでないところがあるのに
お気づきでしょうか。


たとえば何かのことで深く悲しむことがあったとき・・・

食べ物をのどが通さないほどになってしまうこともあるかもしれません。

結果として体力もますます失われて行きその不安感はさらに増大することでしょう。


そんな時、少し時間を置きつつ冷静になると同時に行ったらよいことがあります。

それは、適度な食事を取って体力を回復させるようにすることです。


これはある意味で自分を大切にし自分の体にひいては心に力を注ぎこむ機会となります。


何かのことで空虚感を覚えてなぜかわからないという場合も、思い起こして見れば
きちんと食事を取っていなかったということがあったりします。


もちろん人にはこのほかにも自分のためにすべき大切なことがあります。


今考えたのはどちらかというと身体的な面での自分を愛することになります。


ほかにも、感情面や精神面、あまり聞かないかもしれませんが霊的な面での
愛することも関係しています。


後半ではこれらのうちの感情面と精神面について取り上げてみます。



















* この記事は書きかけの部分があります。
  追加説明や内容の加筆修正を随時行って行くタイプのページになります。
  ご了承ください。









posted by sanz at 16:12| Comment(0) | Self-Esteem | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

新カテゴリー追加したよ!

世の中ってみ〜んな自分中心で動いているように思えたりするんだけど君はそのように感じたことないかい!?

でもそう思いつつ同時にほかの人たちもそれぞれみ〜んなそんな風に感じているのかなって考えてみたり・・・

「月はいつもそこにある」。ある哲学者は月がそこにあるのはその人がその月を見たときにそこにあり見なければそこには無いという考えを述べたことがあります。

う〜ん、もっともらしい考えだけど、普通には誰がその月を見ていようといまいと「常に月はそこにある」と言うのが普通に考えたときの見方ですよね。


見方と観点の違いからくる結論はなかなか面白いものですね。



っとちょっと話題が文頭からそれてしまいましたが、早く新しいテーマ
について書かないのって言われそうですけど・・・


頭の柔らかい君はもう気付いておられるかもね。


そう、この記事は既にカテゴリどおりの話題に入っているよ!


今回の新カテゴリーにして初めての記事ですが、

今日の気分は、・・・哲学者なのです。



でも考えすぎには気をつけていきましょう。

所詮人生は、失敗と後悔の繰り返し、

エジソンさえもあの電灯を発明したりと有名ですが、

100回目に成功した発明は、99回の失敗というより

99回の成功しない方法の発見だなんていったそうです。


前向きの姿勢のとっても良い手本ですね。


自尊心をしっかり正しく保つことが出来れば
物事はもっともっとうまく行くのかな?


どんな人にも必ず良いところがあるようにいつも悲観的な見方で
自分のこと評価するよりもっとある意味自己中でも良いんじゃないかな。

まずは自分を大切に。


でもこの自分を大事にすることがどれほど重要なことか
かんがえてみませんか!?

聖書に出てくる教えの中にも「隣人を自分自身のように愛するべき」という
のがあるそうだけれど、これってまずは自分を愛していなければ誰かを愛することも
出来ないってことですよね。


自分を正しく愛せる人ほど、ほかの人のために何かをしてあげたいと思えるように
なれるってことなのかな!?


ではでは、自尊心培ってゆき行くにはどうしたら良いんでしょうか?



次回はこのテーマで記事を書きますね。
































posted by sanz at 00:46| 今日は○○気分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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